2009/01/09

ショイ!──道後温泉、別子

2008.12.23-24
【愛媛県】

 大角鼻(Map)


 ここは四国の愛媛県側にある瀬戸内海に突き出した岬の突端になり、前回ふれた来島(くるしま)海峡の西の入り口にあたります。
 上写真は、来島大角鼻潮流信号所という潮流の状況を船に知らせるサインボードになります。
 この時の表示は「N」「2」「↓(上写真)」で、北流(南から北に向かって流れている)2ノットでこれから流速が遅くなることを知らせています。
 瀬戸内海の潮流は満ち潮と引き潮で流れが逆になりますから、この情報は大切なものになります。
 それにしても驚いたのが、来島海峡では流れの方向によって通行ルールが変わるということです。
 潮流が北流時は右側通航で、南流時は左側通航に変わるという、世界でここだけというルールがあるのだそうです(一般的なルールは右側通航)。
 そんなややこしいルールを決めないと事故を防げない海の難所であるからこそ、架橋は悲願だったのでしょう。
 また、そんな海を熟知しているからこそ、水軍(海賊)という集団(ひとりでは無理でしょう)が存続し続けられたと、言えるのかも知れません。


 鴨池海岸(Map)


 「オギヨディオラ(Ogiyodiora)」という、韓国人歌手リーチェ(Lee-tzsche→イ・サンウンに改名)の曲があり、映画『がんばっていきまっしょい』(1998年)の主題歌に使われました、。
 その言葉は、韓国で船を漕ぐときのかけ声のようなもので「さぁ、船をこぎ出そう」という意味だそうです。
 「〜しょい」は、松山出身の敷村良子の小説で、松山市主催の「坊ちゃん文学大賞」を受賞した、高校でボート部に打ち込む少女たちの姿を描く青春小説で、映画(田中麗奈)、テレビドラマ(鈴木杏)にも取り上げられました。
 「定番の部活モノ」には違いないのですが、この鴨池海岸は映画の舞台となった地で、瀬戸内の穏やかでキラキラと輝く海の上を、手こぎボートが進んでいく姿に、瀬戸内海というとても身近に感じられる存在と、そこに暮らす人々とのかけがいのないつながりが見事に表現されていると思えるような、強烈な印象として焼き付いており、今回のテーマのように思っていました。
 もちろん高校生でもボート部でもないのですが、これまでのところ瀬戸内海のイメージに最もふさわしい曲と感じており、いつもオギヨディオラを口ずさみながら車を走らせています。
 
 「がんばっていきまっしょい」とは高校で実際に使われているかけ声だそうで、リーダーの「がんばっていきまっしょい!」に続いて全員が「ショイ!」と気合いを入れます(何てチャーミングなんでしょう)。
 わたしも気合いを入れて、船をこぎ出さねば!

 右写真は、道後にある伊佐爾波(いさにわ)神社で、映画ではトレーニングの場に使われているところを、歩いて登ってもゼイゼイしてしまうわたしですが、もう「鍛えなきゃ」とか思わなくなってしまいました。
 ──だって、近ごろ整骨院に通っているのですが、良くなってきたと薦められたストレッチをやった途端「筋肉がつっちゃったみたいですね」と、ふりだしに戻ったりしちゃうんですもの……(それでもやらなきゃダメと思っています)


 道後温泉(Map)


 四国のシンボルと言えるかも知れませんね(他県の方には怒られそうですが)。
 外国の方を案内して入浴する方がいましたが、確かに温泉文化それも道後温泉本館を知らずして、日本をうんぬん言って欲しくないなぁ〜、だなんて完全にオヤジですね。
 今回は、休憩席(座布団一枚)にお茶とお菓子が出る二階席に上がったのですが(800円)、やはりひと息つけると落ち着けますね。
 「風呂上がりに熱いお茶かい?」と思っていたものも「急に冷めると体によくないですよ」と言われているような気がして、「うれしい心遣いじゃね(伊予の言葉になってます?)」と楽しむことができました。
 今どきの温浴施設には、リクライニングチェアなどが用意されていて昼寝もできるのですが、ここは「一時間以内」との制限があるようです。まあ、温浴施設のルーツみたいなところですから、楽しめる範囲(坊ちゃんの間を見学出来ます)を満喫しましょう。
 館内の廊下に、何だか自慢げに映画『千と千尋の神隠し』のポスターがはられてありました。
 こっちが湯屋のモデルになっているのにとも思いましたが、口コミ等の宣伝効果としては抜群ですからね。

 屋根の上に立つのは白鷺の像です。
 由来として「足を痛めた白鷺が岩の間から流れ出る湯に浸していたところ、傷は癒えて飛び立って行くのを見て、村人が温泉の効能を確認した」という伝説があるそうです。
 そんな話しはどこの温泉場も似たり寄ったりの気がしますが「白鷺伝説」のルーツも、案外ここだったりするのかも知れません(それだけ歴史があるという意味)。


 松山の食として楽しみにしていた近くの寿司屋ですが、大将が替わってしまい何ともガッカリ。釣りが好きな方で前回は話しが弾んだのですが、出会いって難しいですね……
 翌日近くをブラブラしたのですが、朝っぱらから「椿の湯」という共同浴場にじいちゃん、ばあちゃんが集まってきます。
 みなさん習慣になっているんだと思われますが、贅沢な日常を過ごしておられるものだと、うらやましくも感じられました。
 是非この共同浴場に入ってみたいと、次の計画を考えはじめております。そうです、じいちゃん、ばあちゃんと同じように、その風呂に入るために「ショイ!」です。

 前日の到着時、カーナビに誘導されて道後温泉の歓楽街を通りました。まあ、スゴイこと!
 歴史があるとか、観光地だからなどという飾り文句は通用しないのが温泉街、ということなのですね……


 別子(べっし)銅山跡(Map)

 ここは新居浜市の山奥にある銅山跡です。
 1690年(元禄時代)に発見され1973年までの約280年間に、70万トンを産出して日本の近代化に寄与した銅山だそうです。
 その間ずっと住友家が経営して巨大財閥の礎となった経緯もあり、一帯でかなり出費の伴う文化事業を運営しています。
 四国の背骨的な山地の有り様は紀伊半島の山地同様で、柔らかい食パンをお皿などに置いて両側からギューッと両側から押しつけて、山形に盛り上がったところにさらに力を加えると、パン生地がはがれて(ささくれて)いくような尖った格好をしているので、とっても険しい地形になっています(地球科学のプレートテクトニクスの話しはやめときましょうね)。
 よくもまあ、元禄の時代にこんな険しい山の中で鉱脈を見つけたものだ、と感心してしまいます。
 この場所は海抜1,000m近いと思われますが、鉱山の最深部は海抜マイナス1,000mにも及ぶそうです。
 実はここには、これで三度目のチャレンジになります。
 最初は夏に来て、大雨の崖崩れで通行止め。二度目はこの時期で、雪が積もっていて断念しました。
 三度目でたどり着いて思ったのは「何でそんなに来たかったのだろうか?」でした。


 この場所を知ったのは、これも映画で『船を降りたら彼女の島』(2003年 木村佳乃)に登場していたからです(大三島の鶴姫もそこで知りました)。
 この映画は「えひめ映画製作委員会」という、愛媛県や県内の企業から出資を募った団体が制作費を負担したんだそうです(これ今回知りました)。
 それを含めて考えると、映画の監督は『〜しょい』と同じ磯村一路(いそむら いつみち)で、評判の高かった前作とは違ったアプローチで愛媛県をアピールしたいとの狙いだったようです。
 『船を〜』はそれほど評価できないものの、愛媛県をアピールするには見事なくらい舞台をダブらせずに、補完し合っています。
 そんな狙い通りにトレースしている自分に気付き「やられたぁ」とは思うものの、おかげで見て回ることが出来たので感謝しています(これを書いているときに気がつきました)。
 宣伝などしなくても人が集まってくる都会とは違って、アピールしないと人が寄ってくれない地方都市の宣伝として、見事に響いてきました(地方の都市は頑張らねばいけない、ということなのですね)。
 行っただけでは貢献できないと思うので、ここで宣伝しておきますね(宣伝になるの?)。
 下写真、奧の山には雪が積もっています。


 下写真は、前日の大島にある亀老山展望台から撮影した四阪島(しさかじま:家ノ島、美濃島、明神島、鼠島、梶島5つの総称)です。
 島に比べて、煙突の大きさが異様に大きいと思いませんか?
 元禄の世から別子銅山にて採掘された銅の製錬を地元で行ったものの、栃木県の足尾銅山と同様の亜硫酸ガスによる煙害問題が発生し、新居浜の沖合20kmにある無人島の四阪島に製錬所を移したのですが、余計に被害が広範囲に広がってしまったそうです。
 一時は5,500人が暮らしていた人口も現在はゼロですが、新しい工場が稼働中だそうで従業員は渡船で通うのだそうです(会社の管理下にある島)。


 そうだよなぁ。
 大きな夢として「無人島を独り占めしたい!」なんて思う方もいると思うのですが、ライフライン等のインフラの整備を考え「できるだけ、多くの人のため、社会貢献のために!」と言われたら、はね返すだけのわがままさを持てない身としては(大富豪でない限り)、無理ということなのでしょうねぇ……

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